「南無阿弥陀仏」の意味とは? ショート法話(174)
YouTube法話 北の寺から ch ~北海道岩見沢市善光寺~ YouTube法話 北の寺から ch ~北海道岩見沢市善光寺~
2.36K subscribers
6,056 views
140

 Published On Apr 9, 2021

北海道岩見沢市 浄土宗西山禅林寺派「善光寺」 大久保瑞昭住職による短時間で聞けるショート法話です。 #仏教 #浄土宗 #浄土宗西山派 #ブッダの言葉
「南無」はサンスクリットの「namas」を音訳したものです。その意味は、帰命するとか、信従する(信じ従う)という意味があります。
 
 ですから、「南無阿弥陀仏」は、言葉を訳すと「阿弥陀仏に帰命します」「阿弥陀仏のみもとに発願廻向します」という意味ですが、それで顕わされるものは、「阿弥陀仏と私たちは一緒ですよ」ということなんです。
 
「南無阿弥陀仏」という言葉そのものが、「阿弥陀仏と私たちはいつも一緒ですよ」ということを顕わしているんです。
 
 ですから、私たちが称えるお念仏は、「弥陀といつも一緒ですよ、弥陀といつも一緒ですよ」ということが顕わされているんです。
 
 朝のお勤めで、阿弥陀様の前で、南無阿弥陀仏と称える。阿弥陀仏が、「いつも一緒ですよ。いつも一緒ですよ」と南無阿弥陀仏を通して私たちに呼び掛けられる。そして私も、「そうですね。一緒なんですね。一緒なんですね」と南無阿弥陀仏を称える。
 
 ご法事で、亡き人・ご先祖様の前で南無阿弥陀仏と称える。ご先祖様も、「いつも一緒なんだよ。いつも見守っているよ」と南無阿弥陀仏を通して、私たちに呼び掛けられる。そして私も、「そうなんですね。ご一緒なんですね」と南無阿弥陀仏を称える。
 
 困った事、大変な事、辛い事があった時も、南無阿弥陀仏と称える。阿弥陀仏が、「そうだね、辛かったね、大変だったね。悲しいね。いつも一緒ですよ」と南無阿弥陀仏を通して、私たちに呼び掛けられる。そして私も、「そうですね。辛いですね。悲しいですね。いつも一緒なんですね」と南無阿弥陀仏を称える。
 
 この南無阿弥陀仏を称える時間は、阿弥陀仏と私たちが、一つになる時間です。思いを共有させていただく時間です。
 
 どうぞ、南無阿弥陀仏によって、仏さまの思いを共にする時間を持ちましょうね。

Twitterはじめました https://twitter.com/hokkaidozenkoji?s=06
善光寺のブログ http://blog.livedoor.jp/zenkojinamu/

show more

Share/Embed