なまくら刀 塙凹内名刀之巻(1917年)
Yuki Oba Yuki Oba
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 Published On Mar 3, 2017

日本におけるアニメーション映画の先駆けと言われるのは、1917年1月、5月、6月と続けて公開された、下川凹天の『凸坊新畫帖 芋助猪狩の巻』、北山清太郎の『猿蟹合戦』、幸内純一の『なまくら刀』(別名:塙凹内名刀之巻=はなわへこないめいとうのまき)の三作品である。

2008年に映像文化史家の松本夏樹氏の協力を得て、同氏が所蔵する可燃性染色ポジ(黄)からデジタル復元を実施した『なまくら刀』の2分間のバージョンが、この中で現存する唯一の作品であった。ところが、以下で記述する調査により、完全版に近い形を留めていると思われた同バージョンは全体の後半部分が中心で(「発掘された映画たち2008」で公開)、今回(2014年)発掘された可燃性染色ポジ(緑)はその前半部分を中心に構成されていることがわかった。

当館において映画復元を動機づける最も大きな要因は、映画史的に重要かつ未所蔵の作品が発掘された場合である。『なまくら刀』の可燃性染色ポジ(緑)は、2008年度に寄贈手続きが完了した「南湖院コレクション」の中に含まれており、描線が壺を刻々と描いてゆく線画アニメーションの断片と、男性が自転車の曲乗りをする実写の断片(両作品とも映画題名不詳)とのあいだに繋ぎ込まれていた。前回復元版の欠落を埋める部分が、所蔵作品の中に埋もれていたのである。

『なまくら刀』[デジタル復元・最長版]を作成するにあたり最初の課題となったのは、前回復元版(黄)と今回発掘した可燃性染色ポジ(緑)全体の中から、復元の元素材として、どちらのコマをどれだけ使用するかという点であった。両素材にはお互いコマ単位で補完し合っている箇所があり、仮に「完全な」最長版を作成しようとすれば、ほんの短い1カット内で緑・黄・緑・黄…という具合に画が入れ替わり、観客の見た目にショックを与えてしまう恐れがあった。しかし幸いなことに、両素材には数コマ単位の欠落が見られるだけで、限りなく完全版に近い復元が可能であると判断したため、今回は新規に発掘した全3,180コマを使用して、そこに欠落している部分を前回復元版810コマで埋め合わせる方針を固めた。すなわち、①「なまくら刀」というメインタイトル、②時計回りに90度回転している「ここで一番試斬り」というインタータイトル、そして、③按摩の背後から刀で切りかかった侍(塙凹内)が反撃にあう場面からエンドまで、この計三カ所について前回復元版を使用することになった。

次の課題は、そもそも黄と緑に染色されていて色味が異なるうえに、画調や画質も異なる二つの元素材の違いを、いかにしてデジタル修復で緩和し、見た目の違和感を和らげるかという点にあった。可燃性染色ポジ(緑)のコア(中心)に近い部分はすでに経年劣化で溶けはじめていたが、新規発掘版から前回復元版に切り替わる部分(前記③の部分)も含め新規発掘版を全篇使用し、統一することが難しい両素材の画調や画質を無理に合わせないという判断をした。そのため、それぞれの元素材の特徴を生かしながら、必要最小限のデジタル修復に留めることになったのである。

最終的に、以下のような復元ワークフローを採用した。すなわち、前回復元版を使用する三カ所については、2008年に作成した「デジタル修復後のデジタル・データ」(Digital Source Master、以下、DSM)を活用することとし、今回発掘版を使用する前半部分については、白黒インターネガをおこしてから2K解像度でスキャニングを行い、パラや傷の除去、ユレ補正、フリッカーの除去等のデジタル修復を施した。この二つのデジタル・データをコンフォーム(編集)してからグレーディング(色彩調整)を行って新たなDSMを作成し、白黒ネガにレコーディングした。

IMAGICAで以上のデジタル修復作業を終えてから、無声映画期の染色方法を再現して白黒プリントに染色するノウハウを蓄積して来たIMAGICAウェストにおいて、前回復元版を黄色に、今回発掘版を緑色に染色してから、ポジつなぎで最長版の上映用プリントを仕上げた。

こうして従来の『なまくら刀』像に修正を迫る[デジタル復元版・最長版](16fps・4分)が完成した。当時の映画雑誌『活動写真雑誌』でも高い評価を誇っていた『なまくら刀』であるが、とりわけ、ずる賢い表情を動きで見せる「御刀剣師なまくらや」の番頭から、侍が小判4枚で刀を購入する長いくだりはこれまで確認されておらず、公開当時は「間伸び」していると批判された小判が宙を舞う時間も、貴重なアニメーションの発掘と修復を終えたわれわれにはむしろ、テンポの良い後半部分を準備する必要不可欠な「間」であると感じられた。

「小林商会の試みの一つたる『塙凹内新刀(ママ)之巻』は線の太い具合などがユ社の凸坊画帳から思ひ付たらしく、中々良い出来だ。併し投げた小判や刀の鞘の動きはチト間伸びがしたのは、撮影の駒数の関係からであろう」 旭光(筆者注・吉山旭光)「写真短評」『活動写真雑誌』1917年9月号より

また、『なまくら刀』の全貌が見えてきて初めて、前回復元版が起承転結の四コマ漫画のような物語構造を持っていることが確認できた。①メインタイトル直後にアイリス・インでアニメーションが起動してから(起)、②侍がなまくらやの番頭から小判4枚で刀を購入するくだりが続き(承)、③侍が試斬りをしようと按摩の背後から切り掛かったところで逆に後ろ蹴りにされ(転)、④最後は影絵に転じて飛脚の返り討ちにあう(結)、この全てのくだりを、前回復元版(2分)は含んでいるのである。

前回復元版は起・承がほんの数秒で終わってしまうが、今回発掘版はこの起・承を大きく膨らませたバージョンとなっている。現存する最古のコマ撮りアニメーションの完成度の高さは、このように堅固な物語構造を背景としながら、一コマ撮りで探求されたアニメーション独自の運動や、中間字幕の自由な表現等に見てとれるだろう。(大傍正規「複数バージョンとデジタル復元の現在」『NFCニューズレター』第117号、2014年、2-3頁より)

ちなみに当時の映画雑誌『活動之世界』1917年9月号に本作の映画評が「凸坊新画帖 試し斬」の題で掲載されており「出色の出来栄で、天活日活のものに比して一段の手際である」と高く評価されている。なおこれは文献に残る最古のアニメ評ともいわれている。(以下に全文を転載)

日本で線画の出来る様になったのは愉快である、殊に小林商会の『ためし斬』は出色の出来栄で、天活日活のものに比して一段の手際である、殊に題材の見付け方が面白い、日本の線画は成るべく日本の題材で行きたい『試し斬』といふ純日本式題材を捉へて来て、之を滑稽化した所に、凸坊式面白味が溢れて居る、日活の線画が、人物は日本のものにしながら、その行き方を舶来其儘に仕て居るのは断じて不得策、之では舶来映画に比して、直ちに見劣りのするのが目につく、殊に駒数を惜む為め、人物の動作が甚だしく断続的になるのは見苦しい、この『ためし斬』はやゝ完全に其の弊が除かれて、かなり人物の動きが尋常であった。言ふ迄もなく、線画の妙味は線にある。『ためし斬』は外は無難であったが、人物の表情が如何にも悪感であった、凸坊画帳は、如何なる場面にも表情は凸坊式愛嬌がなくてはならぬ。日活の猿蟹合戦は、日活線画中の代表作であるが、線が太くてぞんざいで、変化がなく、蟹にも猿にも表情のなかったのは遺憾である。線画に於ては、猿蟹は固より、場合によっては生なき物にも表情が必要である、そして、その表情に多少の人間味を加味するといふ事が大切である。現在の日本線画は此点に於て総て工夫を欠いて居る。此の『ためし斬』の後半に、影絵を応用したのは仲々の思ひ付きであった。
(活動之世界編集部「映画評 凸坊新画帖『試し斬』小林商会作帝国館上場」『活動之世界』1917年9月号、 27頁より)

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