菅野由弘:菊花香乱〜かざし姫の物語より〜   Yoshihiro Kanno:Kikka Koran
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 Published On Sep 22, 2024

菅野由弘:菊花香乱〜かざし姫の物語より〜 
2018年11月8日(木)よみうり大手町ホール
「和楽器ルネサンス」コロンビア大学 中世日本研究所・日本文化戦略研究所 創立50周年記念演奏会
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能管:一噌幸弘
笙:宮田まゆみ
琵琶:首藤久美子
箏:深海さとみ
クラリネット:板倉康明
ヴァイオリン:大谷康子
チェロ:苅田雅治
舞い人:中村梅彌
   :花柳達真
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昔、五条あたりに源中納言という、よろづにやさしい人がいました。
北の御方は大臣殿(おほひと)の御娘です。
そこに姫君が一人、御名をかざしの姫君と申します。
(かざしは、花を愛し、かざした所からの名)
髪のかかり方、眉、口つきは美しく、春は花の下で日暮らし、秋は月の前に夜を明かし、常に詩歌を詠じ、色々草花をもてあそんでおりました。
中でも、菊をならべて愛し、長月の頃は庭のほとりを離れがたい日々を送っていました。
 十四(歳)の晩秋、菊の花が色あせて行くのを、限りなく悲しく思い続けてまどろんでいると、年の程二十余りの貴公子が現れました。薄紫の狩衣に鉄黒に薄化粧、太眉の花やかなやんごとなき風情の、業平、光源氏もかくやと思わせる君は、姫君に寄り添うので、姫君は夢かうつつか分からぬままに起き騒ぎます。この人は姫君のお袖を控え「どうして露ほどの情けもないのでしょうか」と言って、泣く泣く色々の言葉を尽くしたところ、姫君もしみじみとした気持ちがわき上がり、夜半の下紐をとき、うちとけ、一晩中来し方行く末を語り明かしました。
 きぬぎぬにもなり(暁の別れ時)
うきことを忍ぶがもとの朝露の起き別れなんことぞ悲しき
(つらく悲しいことを忍びながら朝起きて別れるのが悲しい)
姫君とりあえず
 末までと契りをくこそはかなけれ忍ぶがもとの露と聞くよ
(忍ぶがもとの露と聞くと、末までも長くと契るのは頼りにならぬ、あてにならぬことだ)

 互いに言いかわし、まれ人は籬(まがき)の菊のほとりまで行くかと見えて、面影が消えるるのです。

 かざしの姫君は不思議に思いながらも、互いの契りの日数をかさねます。
ある時姫が「御名を知らせ給へかし」と問いますが「このあたりの少将と申す」「後には定めてしろしめすべし」との謎の答えを残して帰って行きます。
 その頃、帝の花揃えがあるとのことで、中納言にも「菊の花揃へ奉れ」との綸言(天子のことば)がありました。

 さて少将はその日の暮れ方、いつもよりうちしおれ、世のはかなさを語り、涙ぐみます。姫君の「いかなることをおぼしめしわづらひ候ぞ。心を残さず語り給へかし」とのことばにも「今は何をかつつみ候べき。見え参らせんことも、今日を限りとなりぬれば、いかならむ末の世までと思ひしことも、皆いたづらごととなりなんことの悲しさよ」と言って、さめざめと泣くばかり。

 「こはいかなることぞや、御身をこそ深く頼み奉りしに、自らをば何となれとて、さやうにはきこえさせ給ふらむ。野の末山の奥までもいざなひ給へかし。」と、声を惜しまず悲しむと、少将も「心にまかせざれば。」と言って、とかくの言の葉もなし。やゝありて少将、涙の隙よりも、「今ははや立帰りなむ。あひかまいて/\おぼしめし忘れ給ふな。自らも、御心ざしいつの世に忘れ奉るべき」なんど言ひて、鬢の髪をきりて、下絵したる薄様におし包みて、「もし思召し出でん時は、これを御覧ぜさせたまへ。」とて、姫君に参らせて、また「胎内にも、緑子をのこしおけば、如何にも/\よきに育ておきて、忘れ形見ともおぼしめせ。」とて、泣く/\出で給へば、姫君も御簾のほとりまでしのび出でて見やり給へば、庭の籬のあたりへたたずみ給ふかと思ひて見え給わず。

***ここで少将は、悲しみの中で菊の花を切る。一輪の菊の花を「包みて」かざし姫に差し出し、全ての花が切り取られると共に消える。***
かざし姫は、悲嘆に暮れる。一輪の菊とともに舞う。包まれた紙に
「にほひをば君が袂に残し置きてあだにうつろふ菊の花かな」
とあり、少将は菊の精だと気づく。かざし姫、白菊の花園に立ち出で給ひて花こそあらめ、根さへ枯れめやと詠ぜしも、今身の上に知らせたり。たとひ菊の精なりとも、今一度言の葉をかわせ給へ」とて、あるにあられぬ有様。

* あるにあられぬ有様、悲嘆の舞・・やがて妊娠に気づく・・
* 菊の精の子への慈しみで終わる

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